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自分で自分を褒めたいとき

先日、ロータリークラブのある大会で、有森裕子さんの講演を聞きました。彼女は1992年のバルセロナオリンピックで銀メダルを獲得。その次のアトランタオリンピックでは銅メダルに終わったものの、2大会連続のメダル獲得という快挙に日本中が湧きました。その時に彼女が言った「自分で自分をほめたいと思います」という言葉はその年の流行語大賞に選ばれました。

彼女は今、認定NPO法人スペシャルオリンピックス日本の理事長という役職に就き、知的障害者にスポーツを通じて自分の可能性にチャレンジすることの大切さを伝えるボランティア活動に精力を注いでいます。聴衆に大きな感動を与えた彼女の講演の内容をご紹介します。

彼女は股関節を脱臼した状態で生まれたそうです。幸い発見が早く、治療もうまく行ったため普通に歩くことができるようにはなりましたが、子供のころは走ったりすると自分の足につまずいて転ぶことが多く、そのため体育が苦手で手芸や美術などのクラブに入っていたそうです。その彼女に陸上競技で頑張るきっかけを作ってくれたのは、小学5年の時の体育の先生でした。「有森、お前元気ないのお。どうしたんじゃ。お前の体はお前だけのもんじゃ。人と違うのは当たり前じゃ。そのことを誇りに思わんか」(彼女は岡山県出身です)と言って劣等感を吹き払ってくれたそうです。体育の先生のそのような言葉に発奮し、彼女は陸上部に入り、黙々と走り始めました。中学では誰もやらない800メートル走を専門にしました。スポーツの盛んな高校に入学した彼女は「素人同然」ということで最初は入部を断られてしまいました。一ヶ月後執念で入部を果たしたのですが、高校時代は大した実績を上げることはできませんでした。

また、彼女は整形外科のドクターに「これは完ぺきなO脚じゃのう」と言われるほどの極端なO脚だったそうです。それでもそのドクターによる特別な矯正術(かなりつらかったようです)によって相当程度改善されたようです。リクルート時代の小出監督には「有森、おまえは天然猫背だから前傾姿勢が自然にできるからいいなあ」みたいな感じで励まされたそうです。

このように身体的に恵まれない、むしろハンディーを負った彼女がなぜ「2大会連続でのメダル獲得」という快挙を成し遂げることができたのか。これに対する彼女の答えは「可能性がある限り、やるべきことに対して手を抜かなかった」というものでした。「人生は結果が分からないから頑張ることができる。人間は可能性があるから頑張ることができる。」彼女のこれらの言葉は、「自分は手を抜いていない」と言い切れない私自身に強烈なインパクトとなって伝わってきました。私はその時初めて、彼女が言った「自分で自分をほめたい」という言葉の本当の意味を理解するとともに、スペシャルオリンピックス日本の理事長として活動している理由が理解できました。


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by shimo_pendel | 2010-08-10 19:52
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